「思い切りやっていいよ」のありがたみ

先日幸せを感じた言葉があります。

それが、表題の「思い切りやっていいよ」です。

これは、私がある業務に注力していた場面で夫がかけてくれた言葉なのですが、そのタイミングも絶妙で、“負い目”や“引け目”が払拭されてやる気が出ました。

また同じタイミングで、ある方から「好きなだけやり切ってください」という言葉をかけていただき、恵まれた環境に感謝の気持ちが溢れました。

大学卒業後、社会人となって15年間が経ちます。

自分の「強み/弱み」「得意/苦手」について、諦めがつくようになりました。

“諦め”の言葉は、もしかしたらマイナスイメージをお持ちの方もいらっしゃるかもしれません。

確かに「希望や見込みがないことを断念する」という意味の印象がありますが、その語源は“明らめる”と同源にあり、本文では「現状を認識し受け入れる」という意味で使用しています

これまで、どれだけ頑張っても存在意義が感じられないこともありましたし、反対に、思いのほか成果が得られたこともありました。

一つひとつの経験を分析し続けていると、「頑張らなくてもできること」「頑張ったら人並みにできること」「頑張っても人並みにできないこと」が分類できるようになります。

そんなことを考えていた矢先、はちまきを締めて取り込んでいたタイミングで「思い切りやっていいよ」と声をかけてくれたこと

これがうれしかったのだと思います。

もし、「頑張ったら人並みにできること」について同じ言葉をかけられていたら、どんな気持ちになったでしょうか。

また、「頑張っても人並みにできないこと」に対し「嫌だなぁ」という気持ちを持っている場面であれば、どうでしょうか。

後述の二者については、「そんなこと言われても…」と思ってしまっていたかもしれません

今回の経験から、「強み/弱み」「得意/苦手」という性質は、感情と密接に関連しているのだとわかりました。

だからこそ、自己のそれらを認識し、家庭でも職場でも普段から周囲に伝えておくこと、また周囲のそれらについて、普段から観察しておくことが大切であると、改めて学びました。

 

お読みいただきありがとうございました。

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。