人事異動から1年経って

こんばんは。3月下旬、多くの公務員が人事異動でドキドキする時期ですね。

私も昨年の今頃は、人事異動の発表に様々な感情が入り混じった一人でした。

初めての人事異動から1年経ち、現在の所感を書いていきたいと思います。

①「向いていない」からスタートした庶務という役割

一年前、私に与えられた役割は「庶務」でした。

「庶務」をご経験されたことがある方はご存知かと思いますが、予算・決算、照会の回答、出張命令書の作成等、業務は多岐に渡ります。“雑用係”という印象を与えうるのも、この業務の幅広さが背景にあるのではないかと思っています。

民間企業に勤めていたときは、研究職からの営業職を経験し(理系出身なので当時としてはイレギュラーな異動でした)、どちらかと言うと、自ら創り出したり開拓するほうが得意だと思っていたので、“縁の下の力持ち”という役割を与えられたときは、感情がついていきませんでした。

案の定、最初の三か月間は業務を覚えることに必死で、毎日9時間睡眠(子ども達と一緒に寝落ちして気づいたら朝を迎える)しても寝足りなかったのを覚えています。

この頃は、とにかく自分のできないことにばかり目を向けてしまっていました。(参照:「向いていない呪縛」)

また、できない自分と対比するように、他の係がうらやましく見えた時期も正直ありました。

②それでも新しい業務を学ぶのはおもしろかった

「事業のほうが向いてそうなのにね。」

私が求めていた言葉だったからかもしれませんが、知り合いの職員さんから、そんな言葉をかけていただいたこともありました。

人間なので、「おもしろい」「おもしろくない」という感情はあって当然ですし、「得意」「不得意」もまた、個性としてあって当然だと私は思っています。

ただ、その感情を整理できていてもいなくても、4月1日からは所属の一員としてできる限り業務に支障の出ないよう取り組んでいくことを求められるのが行政職員です。

異動直後は苦しみましたが、

それまで知らなかったことが“わかった!”と思えるようになること

感情の起伏から私を救ってくれた唯一の特徴は、この「学習欲」だったような気がします。

 

結果として、「庶務」という役割を通じて議会や予算・決算をひと通り経験できたことは、行政職員として代えがたい血肉となりました。

また同時に、子どもが幼いという家庭環境に配慮いただいた上での係配置であったことも、とても有難く思っています。

③向いていなくても大丈夫

育児短時間勤務からフルタイム勤務に(ほぼ)移行し、夫にも娘たちにもこれまで以上の負担をかけながらどうにか過ごしてきた一年間でしたが、今思うことは、この言葉に尽きるなぁと思っています。

向いていなかったから成長できた。

一年前の私からは決して出てこなかった言葉なのですが、現在は、「向いていない役割を与えられたからこそ、これまでの自分を超えていけた期間となった」と意味付けしています。

これまでの経験(キャリア)の中では、開拓したり、何かを創り出すことが得意だと自己認識していたけれど、実はそれ以外の特徴もあったのではないか。

まだうまく言葉にできていませんが、今回のような「向いていない(と自己認識していた)役割」を経験しなければ、“それ以外の特徴”に気づくことはなかっただろうと思います。

だとすれば、長い人生、30代半ばという時期に“それ以外の特徴”を認識する経験を与えていただいた環境には、感謝しかありません。

長年行政職員を勤めた母が、令和元年度末で退職します。

山あり谷あり、苦労もたくさんあったと思いますが、子育てもしながら、定年まで正職員を勤め上げた母には、頭が上がりません。

母の世代から見れば、私たちの世代は“苦労知らず”なのかもしれませんし、理解できない部分も多いかと思います。

けれど、矢印をお互いに向けるのではなく、子ども達の世代(次世代)に繋げていけるよう同じ方向を向いていけたら、仕事でも家庭でも、どのような世代が入り混じったとしても、チームとしてパートナーシップを構築できるのではないか。

少し話が逸れましたが、感じたことを、そのまま書いてみました^^

 

お読みいただきありがとうございました。

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